ケイスケのプロフィール

当ブログをご訪問頂きありがとうございます。
初めまして、ケイスケと申します。

僕は、エプスタイン形という先天性の心臓病を患っており、過去3度の手術を経験しました。
当ブログでは、そんな僕の過去の経験や、現在の病状や生活の様子について紹介していきたいと思っています。

同じ病気の方や、広くは心臓病をお持ちの方の生活に少しでもお役立ちできるブログを目指して行きたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します。

生い立ち

僕は1992年に生まれ、すぐに「先天性エプスタイン奇形」と診断されました。

当時母はお医者さんから「息子さんは長く生きられないかもしれない」と言われ酷く落ち込んだそうです。

ですがその後、僕はありがたいことに体調を崩すことなく順調に成長していきました。

当時の身体測定の結果が残っており、この頃はまだ周りの子と比べても運動能力にほとんど差がありません。

そのため周りの友達に誘われ幼稚園のサッカーチームに勝ってに入って両親を驚かせていました。
生活制限として激しい運動は禁止されていましたが、両親も想像していたより元気な僕を見て、心配もありましたがサッカーをやらせてくれました。

ですがある日、僕がサッカーのユニフォームを着て病院へ検診に行った際、お医者さんからサッカーはだめだと猛反対され辞めることになります。
子供の僕には、何故辞めなくてはならないのか理解が出来ず大泣きしていました。

この時の経験が、初めて自分が心臓病患者であることを自覚したきっかけでした。
この生活制限は、今でも原則変わっていません。

これまでの生活と手術について

小・中学校での日常生活は特に問題ありませんでした。ただ、生活制限として激しい運動は禁止されていましたので、サッカーやバスケなどスポーツはあまりやらなかったです。
特にマラソンはだめで常に見学でした。今の人たちがやっているのか分かりませんがシャトルランなんかも見学でした。

部活動は、運動部に憧れがありましたが入れないので吹奏楽部に入部しました。演奏は体力的に問題ないのですが、日々のトレーニングの走り込みとかは出来ませんでした。
普段の生活の中で、特に動機や息切れといった自覚症状は無かったですが、この頃から心臓の負担を減らすために利尿剤の服用を開始しました。

高校も日常生活には支障はなかったですが、人生で一度でいいから運動部に所属してみたくて卓球部に入りました。当然親からは反対されましたが、お医者様と自身で体調管理をしながら、無理のない範囲で活動に参加することを条件に許可をもらえました。


高校2年生の時に初めて精密検査のためにカテーテルを受け、体力がある若い時に三尖弁の手術を受けることを推奨されました。

そして、大学1年の春休みの2012年に、三尖弁形成術(Cone手術)を受けました。
ですが術後の経過があまり良くなかったため、大学3年の春休みの2014年1月に三尖弁の弁置換術(生体弁)を受けました。
この辺りから利尿剤の服用は無くなりました。

その後、2015年に一般企業の営業に就職しました。
置換手術を受けていたことで身体障害者手帳を取得していたので、就活の際は障害者採用を活用していました。

前回の弁置換術から約9年後の2023年、生体弁の経年劣化が見られた為、同年の夏に再度弁置換術(機械弁)を受けました。
それに伴いワーファリンの服用を開始しました。

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